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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)169号 判決

請求の原因記載の事実はすべて当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件意匠と引用意匠とは、意匠の要部の構成を異にし、看者の視覚に訴える美感において明らかに相違するものというべきである。

してみれば、両意匠は類似の範囲内のものとした審決の判断は誤りであり、右判断を前提として本件意匠の登録を無効とすべきものとした審決は違法として取消を免れない。

よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当として認容する。

〔編註〕 本件における主文および事実は左のとおりである。

主文

特許庁が昭和五六年審判第二五五四〇号事件について昭和六〇年五月二四日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一 当事者の求めた裁判

1 原告

主文同旨の判決

2 被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二 請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「トルクロツドブツシユ」とする第四一三五三四号登録意匠(昭和四六年九月一一日出願、昭和五〇年八月二五日登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるが、被告は昭和五六年一二月二五日、本件意匠の登録を無効とする旨の審判を請求し、昭和五六年審判第二五五四〇号事件として審理された結果、昭和六〇年五月二四日、「登録第四一三五三四号意匠の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年九月九日原告に送達された。

2 本件意匠

本件意匠は、その意匠公報(別紙(一)参照)記載のとおりである。

3 審決の理由の要点

(一) 本件意匠は、別紙(一)のとおり、短かい円筒状体を本体とし、これの円形部は前後対称で、この中心部に軸体部(球面軸)が貫通した態様で本体に軸体部が前後対称に突出したものを基本的な構成形態とし、具体的な態様において、本体の円形部は、略中央付近に三本の円周線、外周の内側に一本の円周線が現われている(正、背各面図参照)。軸体部は、円柱状体の棒状部の両側面を対称に垂直切截状とし、この切截状面の中央部に円形孔を設けている。仔細な態様をみると(正面図中央縦断面図等による。)、前記円形部において、外周内側の円周線は、外筒部分の材料厚であり、この材料厚から略中央付近の三本の円周線における最外側の円周線の間までは、僅かに内側へその端部を弧状として凹み面を形成し、この凹み面の端部から、略中央付近の三本の円筒線としての現れが内筒部分で、この内筒部分は段状に僅かに外方へ順次突出し(その一段目〈三本の円周線の最外側〉は内筒部分の材料厚で、中央とその内側の円周線はカバー用リングであり、このカバー用のリングから更に外側に小さく「く」の字状でダストカバー《蓋》が突出している。)、この突出の段状から、ごく僅かに軸体部に窪んで、軸体部にダストカバーが当接し、当接している部分の軸体部は細くくびれており、軸体部の棒状部先端面における弧状部は面取り状に形成されている。

(二) ところで、本件意匠の登録出願日以前に頒布された防振ゴム研究会編「防振ゴム」第一四一頁の下段4に記載された意匠(以下「引用意匠」という。)は、別紙(二)のとおり断面図のみの表示であるが、この断面図から他の各図面は充分に推認できるので、断面図を基にしてその他の形態を認定すると、別紙(三)のとおり、短い円筒状体を本体とし、これの円形部は前後対称で、この中心部に軸体部(球面軸)が貫通した態様で本体に軸体部が前後対称に突出したものを基本的な構成形態とし、具体的な態様において、本体の円形部における外周内側の円周線は外筒部の材料厚で、次に斜線で表現されている外側の凹弧状部はゴム緩衝材であり、これに中央部分が三昧胴状の上下へ凸弧状を呈する軸体部(鉄心)が当接しているので、別材料としてこの当接部分は円周線が現れ、次に軸体部の凸弧状から垂直となる角部にも円周線が現れるから、その略中央の円周線は合計二本となる(別紙(三)の右側の図面参照)。軸体部は、円柱状体の棒状部の両側面を対称に垂直切截状とし、この切截状面の中央部に円形孔を設けている。仔細な態様をみると、前記円形部において、外筒部分の材料厚から略中央付近の二本の円周線における最外側の円周線の間までは、僅かに内側へ凹弧状に形成し、この凹弧状から、略中央付近の二本の円周線としての現れが軸体部で、この軸体部は段状に僅かに外方へ突出して軸体部の中央部分を形成し、この軸体部の外側はごく短かく垂直面を形成したのち、きわめて僅かな外方への弧面を形成して水平状の棒状部となり棒状部の先端面における弧状部は面取り状に形成されている。

(三) そこで、本件意匠と引用意匠とを比較して検討すると、両者は同種の物品であり、形態においては、基本的な構成形態が一致し、具体的な態様では、円形部の略中央付近に複数の円周線、外周の内側に一本の円周線がそれぞれ現れ、軸体部の棒状部は両側面を対称に切截状とし、この中央部に円形孔を設けている。仔細な態様では、外筒部分の材料厚から中央へと凹み面又は凹弧状面を形成し、軸体部の棒状部先端面の弧状部は面取り状に形成しているなどに、両意匠は共通している。これらの一致点と共通点によつて両意匠の外観上における全体的形態は殆ど表現され、それが意匠上まとまりある形態として、この種物品においては顕著な共通感がある。

一方差異点としては、本件意匠は内筒部分において、その材料厚やカバーリング、更に「く」の字状のダストカバー、それらの段状の突出態様、軸体部が細くくびれているなどに対し、引用意匠には、内筒部分は存在せず、本件意匠の内筒部分に相当する位置は軸体部の中央部分である。この点については、本件意匠の正面図中央縦断図面(別紙(一))と引用意匠の断面図(別紙(二))を仔細に比較してみるとき、内部構造上に相違が認められるのであるが、この点は、外観上において本件意匠の内筒部分の段状の突出態様は、前記のとおり引用意匠の軸体部の中央部分の外側であり、外方へ突出していることでは本件意匠と略同じ態様で、それが二段状か、一段状かであり、段状という点では両意匠は共通点を含んだ差異点である。更に、本件意匠は軸体部は細くくびれているのに対し、引用意匠はこの略逆の態様であるが、これらは隅部における限られた局部的なものであり、そこに本件意匠がより優れた機能を内蔵していることが外観上にも僅かに現れているとしても、それらは仔細な態様ともいえるもので外観上顕著に現れているものとは認められず、主として内部構造上の問題に終始するに止まり、意匠上においては、これら差異点はいずれも細部的なものである(「く」の字状のダストカバーやリングの態様は本件意匠の登録出願前から関連物品ともいえる「グリース封入形の軸受」等において広く知られた態様であることは顕著な事実であつて、何ら新規性のあるものではない。)。

以上のとおり、本件意匠はその構造上や機能において優れたものがあるとしても、意匠上からみた場合、外観上にそれらが未だ顕著に現れてはいないものと認められるので、両意匠の一致点、共通点、差異点を総合して全体的に相互に観察した場合は意匠上まとまりある形態を共有する両意匠は、類似の範囲内のものと認める。

(四) 以上のとおりであるから、本件意匠は意匠法第三条第一項の規定に違反して登録されたものであり、その登録は同法第四八条第一項第一号の規定により無効とすべきものである。

4 審決の取消事由

審決は、本件意匠と引用意匠とを対比するに当たり、引用意匠の形状を誤認し、かつ両意匠の要部に関する認定を誤つた結果、両意匠は類似の範囲内のものとしたものであつて、違法であるから、取消されるべきである。

(一) 引用意匠は、別紙(二)のとおり本件意匠の右側面図に対応する一断面図に当該物品の形状が現されているにすぎないが、仮に審決認定の基本的構成態様のものであるとしても、円筒状本体、ゴム製緩衝材、軸体部のみで構成され、右断面図において明らかなように、軸体部(鉄心)の凸弧状から垂直に下降する線に移行する箇所は凸弧状曲線がアールを画いて自然に該垂直線に移行しているものであるところ、この軸体部の部分はすべて同一部材(鉄製)であり、右断面図上で右垂直線として現れている軸体部外側面もごく短く垂直面を形成しているだけである(なお、引用意匠の正面形状の作図を試みる場合、軸体部がゴム緩衝材に当接している部分に円周線が現れるとしても、前記軸体部の凸弧状から垂直線に移行する箇所には明確な角は存在しないから、円周線が現れることはない。したがつて、引用意匠の中央付近の円周線は、審決認定のように二本ではなく、別紙(四)の右側の図面《正面図》のとおり軸体部がゴム製緩衝部に当接している部分の一本のみである。)。

(二) これに対し、本件意匠は、別紙(一)正面図中央縦断面図に明らかなように、引用意匠の軸体部(その棒状部の部分は除く。)に相当する部分は、軸体部の他に、金属製の内筒が配置され、軸体部は内筒の中心部を貫通し、内筒の外側面(縦断面図の両側)は内筒の材料厚の内側中心部に向けてダストカバー固定用のリング(審決のいう「カバー用リング」)があり、更にこのリングから「〈省略〉」形状のダストカバーが顕著に突出している。このダストカバーはトルクロツドに固定された円筒状本体に対し上下左右へねじれる軸体部と密着して変形するため、金属ではなく弾力性のあるゴムが使用されることは、正面図中縦断面図により当業者には自明である。以上の点は別紙(一)の正面図に示された本件意匠の正面形状に現われ、該形状は、外側から金属製円筒状本体(外筒)、凹み面を有するゴム製緩衝材、金属製内筒、金属製カバー用リング、ゴム製ダストカバー、中心部の金属製棒状軸体部の順で構成されており、特に、本件意匠に係る物品の形状全体における内筒、カバー用リング、「〈省略〉」形状のダストカバーの組合わせは、本件意匠において初めて採用された構成で、最も看者の注目するところである。

(三) 本件意匠と引用意匠とを対比すると、引用意匠は、円筒状本体、ゴム製緩衝材、軸体部のみで構成され、本件意匠の内筒から軸体部までの構成に対応する軸体部の部分がすべて同一部材(鉄製)であつて、その外側面もごく短く垂直面を形成しているにすぎず、金属、ゴム、金属の別部材を組み合わせ、しかもゴム部分は「〈省略〉」形状に成形したダストカバーとする本件意匠とは、看者の眼につきやすい部分、いわゆる意匠の要部において顕著に相違している。

したがつて、両意匠の基本形状に共通点があつても、本件意匠は、意匠の要部において引用意匠にはない別異の美感を有するものであるから、別異の意匠というべきであり、両意匠は類似の範囲内のものであるとした審決の判断は誤りである。

第三 被告の答弁

請求の原因1ないし4の事実は、すべて認める。

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